Pages

Sunday, March 6, 2022

ウクライナ侵攻 背後の情報戦(2) 特殊作戦関係者が解剖する軍事インテリジェンス - テレビ朝日

ウクライナ侵攻の裏側で繰り広げられていた情報戦について、シリーズの第2回は、アメリカがいかにして正確に侵攻開始の時期を察知したか詳報する。

2月21日までは、ロシア・プーチン大統領の翻意に期待し、外交路線を模索していたアメリカのバイデン政権が、22日朝「侵攻の始まりだ」と一気にトーンを切り替えた。
この背景に何があったのか。
一夜にして変わったバイデン政権の劇的な転換を説明するヒントはプーチン氏の「開戦演説」にあると筆者は見る。
2月24日朝(モスクワ時間)にテレビ放送され、ロシア軍の侵攻の号砲となった「ロシアはウクライナの脅威を容認できない」「ウクライナの非軍事化、武装解除を目指す」とした演説だ。

◆プーチン演説は3日前に収録されていた?

配信された映像のメタデータを見ると実は、演説はモスクワ時間の21日夜(ワシントンの21日正午)までに収録されていた可能性が高いことを各メディアやSNSが指摘している。メタデータとはデータのデータとも言えるもので、文書ファイルや音声ファイルの作成日やファイルのサイズ、使用された規格、作成者などが記録されている属性情報を指す。

ここで時計の針を21日夜(ワシントン時間)に戻そう。
ワシントン時間の21日正午までに収録されていたかもしれない「開戦演説」。仮にそれが事実であれば、すでにその時点でプーチン大統領は武力行使を決断していたことになるが、一方のバイデン大統領は21日の時点で「侵攻」という言葉を使うことを避け、非戦の余地を残す配慮を見せていた。その日の夕方に行われたウクライナ情勢についてのブリーフィングでのNSC(アメリカ国家安全保障会議)高官の融和的な発言も同様である。

この時点まではプーチン氏の決断を把握していなかったバイデン政権だったが、21日正午前後にプーチン氏が開戦演説の収録を終えると、ワシントン時間21日の夜半にかけて何らかの方法によりこれを把握し、そのインテリジェンスに基づいて夜が明けるまでに融和モードの放棄を決定し、22日朝から「侵攻」批判に転じた、と筆者は見ている。

◆収録から12時間以内にプーチン演説の内容を把握か

筆者の見立てが正しければ、アメリカは21日正午とされる演説収録から12時間で何らかの方法で演説の中身を察知したことになる。ワシントン時間で22日午前0時には把握し、迅速に情報機関内の分析評価を経て、ホワイトハウスに報告がされ、22日朝7時のCNN生出演までに「侵攻」批判の論点を固めたという計算だ。

その後、プーチン大統領が侵攻を決断したことによって、アメリカのインテリジェンスの活用はそれまでの侵攻を抑止するための活用から、侵攻を予告しウクライナのダメージを最小限に抑えるための活用へと変わっていった。
2月23日付のニューズウィーク電子版は「アメリカ政府がウクライナ政府に48時間以内に大規模侵攻が始まると警告」と報じている。この記事はアメリカ軍がロシア軍の偵察機がウクライナ領空を侵犯したことを把握していることや、軍事作戦の特性を総合的に評価判断したものだと伝えている。
いつから48時間なのか、その起算日は不明ではあるものの、アメリカ政府はロシア軍の動きを外から分析して、その準備状況から48時間以内という計算を導き出している。

◆不可解なウクライナの態度

一方、当事者であるウクライナの危機感の薄く、2月20日の時点にいたっても甘い情勢認識を崩していなかった。ウクライナのレズニコフ国防相は「今日の段階では国境地帯にロシア軍の攻撃部隊がいる兆候はどこにもない。明日、明後日に侵攻があるというのは適切ではない」と、今から見ればトンチンカンなことを地元テレビで述べている。

集結するロシア軍を目の前で見てきたはずのウクライナの国防の責任者すら、侵攻の4日前になっても甘い情勢認識を崩さなかったことは理解に苦しむものがある。それまでアメリカから再三、インテリジェンスで警告されていたにもかかわらずだ。ウクライナとしては自分の情報収集で同じ情報が引っ掛からなければ、アメリカの評価を信じることができなかったのかもしれない。

◆ロシア軍を制約する「バッテリー」

ではアメリカのインテリジェンスは具体的にロシア軍のどのような準備状況に着目して判断したのだろうか。ロシア軍のどこを見れば、そのような評価を導き出せるのだろうか。

そうした疑問を現役の軍関係者にぶつけてみた。特殊作戦コミュニティに属する、この関係者から返ってきた答えは意外にも「バッテリー」というものだった。
つまりこういうことだ。現代の軍隊はハイテク化が進んでいて、通信機、情報端末、火砲の電子照準器、火器管制装置、夜間暗視装置、サーマルセンサーなど電気で稼働する装置の塊なのだという。
当然、私たちが使っている民生品と同様、バッテリーの充電がなくなれば稼働しなくなってしまう。もちろんそれらの装置が使えなくても限定的な戦闘行動はとれるものの、大幅に戦闘能力は低下することは避けられない。
フル充電を済ませ戦闘準備態勢に一度、部隊が就くと、バッテリーが持続する長さ、兵士が緊張状態を維持できる長さは「せいぜい2日間が限度だろう」とこの関係者は言う。
指揮官はその2日の間に戦闘を開始するか、戦闘態勢を解除して一度、撤退するかのどちらかの決断を迫られることになる。まさに「48時間」という数字を導き出したアメリカのインテリジェンスとも符合する。

興味深いのはバッテリーの充電がいかに部隊の行動可能な日数を制約しているかだ。電池が消耗しても展開先の現場で充電できる装置もあれば、特殊な充電装置が必要なため、一度、基地や拠点に戻らないと充電できない装置もあるのだという。
そのため出先で完全な戦闘態勢に入ったら2日以内に戦闘開始をする必要があり、戦闘開始後も補給を受けずに独立的に動ける日数はせいぜい5日間程度だという。

◆停滞のロシア軍「主力を温存」

侵攻開始後4日あたりから散見されるロシア軍の停滞はまさにこの視点から見ると腑に落ちるものがある。国防総省はこうした停滞でロシア軍がいら立ちを深めていると見ている。SNSではロシア軍兵士たちが食料を現地で略奪している映像が伝えられている。
ただ、その一方でロシア軍はこれまでにまだ主力部隊を投入しておらず、「温存された戦力で次の動きを仕掛ける余力を残している」(国防総省カービー報道官)という。

ロシア軍に詳しい現役の軍事関係者も同じ見方を筆者に披露してくれた。この関係者によれば、SNSで公開されているロシア軍の損害を見ると、小規模の部隊を逐次投入するような戦い方をしていて、攻撃力も防御力も高くない小部隊がウクライナ軍の待ち伏せ攻撃に遭っていると指摘する。

そのうえで「なぜかロシア軍はBTG(大隊戦術グループ)としての機能を最大限活用する組織戦を展開せず、小部隊で散発的な戦闘をしているように見える」と訝る。

BTGとはロシア軍の戦闘単位で、偵察、戦車、歩兵、防空、施設、通信、補給などの複数の機能を併せ持つ諸兵科連合の大隊で、ある程度遠隔地でも自己完結的に作戦を遂行できることがコンセプトだとされる。
つまり、中規模くらいの単位で遠隔地にもすぐに派遣できる機動力を持ちながら、ある程度、オールランドに戦うこともできるというものだが、その機能を最大限発揮させるような運用をせず、ウクライナ軍の攻撃の前に犠牲を積み上げている、というのだ。

なぜロシア軍は最初から一気呵成に大規模な組織戦で決着をつけようとしなかったのだろうか。
その理由について米CNA海軍研究センターのマイケル・コフマン研究員は、まずウクライナ軍の抵抗は強くないだろうと過小評価していたこと、ウクライナ制圧後の統治を考慮してできるだけウクライナ国民の反感をかわないよう破壊を伴わない方法で決着をつけようとしたのだと指摘している。

また、ロシア軍の上層部はウクライナ侵攻に消極的で、下級兵士たちには任務がしっかりと説明されていなかった可能性もあげている。確かにSNS上では最後までウクライナに侵攻するとは知らされていなかったと話すロシア軍兵士や訓練だと思っていたという捕虜とみられる動画がある。

その一方で一つの疑問が浮かぶ。
なぜウクライナ軍はロシア軍を待ち伏せ攻撃ができていたのか、だ。
来週末配信予定、「ウクライナ侵攻 背後の情報戦(3)」では、その謎に迫る。

ANN ワシントン支局長 布施哲(テレビ朝日)

Adblock test (Why?)


からの記事と詳細 ( ウクライナ侵攻 背後の情報戦(2) 特殊作戦関係者が解剖する軍事インテリジェンス - テレビ朝日 )
https://ift.tt/JRj7mpS

No comments:

Post a Comment