小峰隆夫 大正大学地域構想研究所教授
コロナ危機は経済社会に大きな影響を及ぼしつつあるが、この影響には2種類ある。一つは、新型コロナウイルス感染症が収束すれば、それとともに消えてしまうような一時的な影響だ(例えば、対面型サービス消費の落ち込み)。もう一つは、コロナによる影響が収束後も持続するもので、これにも二つの類型がある。第1の類型は、これまでも経済社会の課題であったものが、さらに、大きな課題として残ってしまうものである(例えば、財政赤字)。第2の類型は、それまでの課題が、コロナ危機をきっかけに解決に向かって動きだすものだ(例えば、デジタル化の加速)。
本稿ではこの第2の類型に属すると期待されている動きとして、東京都の人口移動の変化について検討してみたい。東京都の人口は、長い間流入超過が続いていたのだが、コロナ危機後突如として流出超に転じ、これが「東京一極集中」を是正するきっかけになるのではないかという見方が広がっているからだ。以下では、まず、コロナ危機前の状況で、私が東京一極集中問題をどう捉えていたかを述べ、次に、コロナ危機後の状況がそうした考えに修正を迫っているのかを検討してみたい。
東京一極集中という診断は正しいか
「東京一極集中是正」は、地方創生の重要な柱となっている。例えば、まち・ひと・しごと創生推進本部が決定した「地方創生推進の基本方針」(2014年9月12日)では「50年後に1億人程度の人口を維持するため、『人口減少克服・地方創生』という構造的な課題に正面から取り組むとともに、それぞれの『地域の特性』に即した課題解決を図ることを目指し、以下の3つを基本的視点とする」とした上で「若い世代の就労・結婚・子育ての希望の実現」「『東京一極集中』の歯止め」「地域の特性に即した地域課題の解決」という三つの基本的視点を挙げている。
東京一極集中是正が多くの人に受け入れられやすいのは、十分理解できる。東京圏に住む人は、自分の選択で東京圏に居住しているわけだから、特に、不満はないはずだ。しかし、東京圏以外で、何とか自らの地域を活性化しようとしている人たちからは、東京一極集中は要するに東京の一人勝ちだと考える。従って、その一人勝ちが是正されれば東京圏以外の地域の地位が上がるはずだと考えるのは自然だ。
しかし私は、この東京一極集中という診断そのものに疑問がある。実際のデータを見れば、人口が集中しているのは東京だけではないし、東京よりも集積が進んでいる地域もあることが分かる。〈図表1〉は、地方中核都市と東京の人口の伸びを比較したものだ。これを見れば分かるように、札幌、仙台、福岡など地方中核都市の人口増加率は、東京都区部や首都圏主要都市よりも高い。
すなわち、全国では東京への集中が生じているのだが、各ブロック(北海道、東北、九州など)ではブロック中心都市(札幌、仙台、福岡など)への集中が進んでおり、「各府県では府・県域の中心(府・県庁所在地)へ」「各地域では中心都市へ」という具合に、各階層において集中が起きていると考えるべきではないか。従って、私は、「東京一極集中」というより「多層的集中」と呼ぶべきではないかと考えている(ただし、以下では議論が煩雑になるので、便宜上「東京一極集中」という言葉を使う)。
つまり、全国に一つあればよいもの(例えば、企業の本社機能)は東京に、ブロックに一つあればよいもの(例えば、プロ野球の球団)はブロック中心都市に、県に一つあればよいもの(例えば、県立大学)は県庁所在地にという具合に、機能の階層ごとに地域集中が起きており、それが総合されて、日本全体で多層的な集中が起きているというのが正しい診断ではないか。
人はなぜ集まるのか
ではなぜ、前述のような多層的集中が起きているのだろうか。これが政策的にもたらされたものでないことは明らかだ。すると、経済社会の自然の流れとして、起きるべくして起きていると考えるべきだろう。つまり、集中が起きるのは、集中することに大きなメリットがあるからだと考えるのが自然であり、しかも、このところ多層的集中傾向が強まっていることを考えると、近年における経済社会の流れがその集中のメリットを強めていると考えるべきであろう。
集積のメリットを強めている経済社会の流れとしては、次の3点が考えられる。
第1はサービス化だ。サービス産業には規模の経済性が強く作用する。それはこういうことである。サービス産業の特徴は、サービスの購入者が生産者の所に行かなければならないということだ。製造業であれば、九州で車を作って、それを全国の購入者に配達することができる。しかし、理髪店で髪を刈ってほしい人(購入者)は、理髪店(生産者)に行かなければならない。
すると、人口が多いほど多様なサービス産業が成立するようになる。国土交通省国土政策局がまとめた「新たな『国土のグランドデザイン』骨子参考資料」(14年3月)に、都市の規模別に各種サービス施設が立地する確率を分析した資料がある。これによると、例えば、郵便局、理容業などは人口2000人以下の小さな自治体でも、ほぼ100%立地している。しかし、学習塾は人口4500人規模以上でないと、立地確率が50%に達しない。以下、立地確率が50%を超える人口規模を見ると、病院は9500人、不動産賃貸業は1万2500人、百貨店3万2500人、フィットネスクラブ6万7500人などとなっており、人口規模が10万人を超えると、ほとんどのサービス施設の立地確率が50%を上回る。
こうして人口規模が大きくなると、より多様なサービスを享受できるようになり、さらにそのサービス産業で働く人が集まってくるから、人口が一段と増えるという人口増加のメカニズムが生ずるのである。
第2の流れは情報化だ。われわれの身の回りには、2種類の知識がある。一つは、文字や映像で知ることのできる「形式知」であり、もう一つは、フェース・ツー・フェースでしか知ることのできない「暗黙知」である。私の場合で言えば、原稿を書くときに集める統計情報は形式知であり、同じような問題意識を持っている人が集まって研究会を開くことによって得られる情報が暗黙知だ。
さて、情報化が進むと、形式知の相対的な価値は低下する。インターネットの発達で、距離を無視して、簡単に無料で入手できるようになってきたからだ。例えば、役所が公表するデータは、昔は役所に取りに行かないと入手できなかったが、今では、ネットを通じて無料で手に入る。すると、逆に暗黙知の相対的な価値が上昇する。暗黙知は人と接しないと入手できないから、暗黙知を求めて人は集まるようになる。産業構造が高付加価値化し、顧客との細かい擦り合わせを通じて初めて競争力のある製品・サービスが供給されるようになってきたことも、こうした傾向をさらに強めている可能性がある。 第3は、高齢化だ。高齢者にとっては、何かと便利な都市部に住んだ方が、買い物、通院などに好都合だから、どうしても集まるようになるのだ。行政的なコストも集約した方が安上がりである。
以上のように、経済主体が集積のメリットを追求した結果が多層的集中となって表れているのだとすれば、こうした集中を政策的に是正しようとすることは、都市の生産性と効率性を損ない、経済的にマイナス効果が大きいということになる。集中を是正するより、集中のメリットを競い合うことの方が重要だ。
からの記事と詳細 ( コロナ禍で東京一極集中は是正されるのか? テレワークで流出超過に転じた人口 「都会から地方へ」は本物か:時事ドットコム - 時事通信 )
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