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Tuesday, August 22, 2023

日本はようやく変曲点を迎えているのか? - ピクテ投信投資顧問

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概要

● 20年を超える低成長と、デフレ、あるいは超低インフレの時代を経て、日本経済は多くの構造的変化を遂げつつ、ようやく変曲点に到達しようとする兆しが現れています。

● 新型コロナウイルスの大流行(パンデミック)やロシアのウクライナ侵攻などに起因する外的ショックを受けて、企業の価格および賃金設定行動に実質的な変化が現れ始めていることから、従来以上に持続的なインフレ期待が醸成される可能性があると考えます。

● 米国の同盟国としての立ち位置と一部のハイテク・セクターにおける競争優位性を勘案すると、日本経済は米中間の緊張の高まりを背景に、現在進行中のグローバル・サプライチェーンの再構築の恩恵を受ける可能性があると考えます。また、(同盟国や友好国などに限定したサプライチェーンの構築を図る)「フレンド・ショアリング」の動きや多額の政府支援が、海外企業の対日投資を拡大させる可能性もあると考えます。

● ミクロ経済面では、2010年半ば以降の企業収益の大幅な拡大に加えて、労働生産性にも改善の兆しが現れ始めています。東京証券取引所が、バリュエーションの低迷する上場企業に是正を要請する新しい取り組みを発表したことが企業経営陣の質や資本効率の向上につながる公算は大きいと考えます。

● 足元の従業員報酬の引き上げや企業の設備投資の拡大が持続するならば、日本は、過去数十年とは構造的に異なる国に姿を変える可能性があると考えます。

「経済の奇跡」から「失われた10年」へ

第二次世界大戦終戦後の急速な経済成長は、日本に「経済の奇跡」をもたらし、1980年代以降の急速かつ大幅な資産価格上昇の引き金となりました。東京の住宅価格は1985年から1990年にかけて年平均25%程度上昇し、東証株価指数(TOPIX)は1985年以降に200%を超えて上昇、1989年後半には過去最高の2,900に迫りました。TOPIXのピーク時の時価総額は、世界株式市場の時価総額の半分以上を占め、日本の銀行セクターだけでTOPIXの時価総額の約半分に達していました。

1990年には資産バブルが崩壊し、資産価値が大幅に下落しました。TOPIXが1989年後半につけた高値を80%近く下回る水準で底入れしたのは2012年になってからのことです。また、東京の住宅価格も暴落し、2000年代半ばに1985年の水準近辺でようやく落ち着きを取り戻すまで、ほぼ20年間下げ止まりませんでした(図表1)。

資産価値の暴落を受け、多くの投資家のバランスシートには巨額の損失が発生しました。つまり、バブル期に抱えた債務が簿価として計上されていたため、資産価値の大幅な下落によってバランスシートの自己資本がマイナスとなり、債務超過に陥ったのです。

日本経済はその後10年間、「バランスシート不況」に陥りました。バランスシート不況とは、エコノミストのリチャード・クー氏による造語で、家計や企業が利益の最大化よりも債務の最小化を優先してバランスシートの修復に取り組む状況を指しています。多額の負債を抱えつつも、キャッシュフローを生み出し続けることが出来た日本企業は、可能な限り短期間で債務を返済することを選択しました。家計も貯蓄の再構築に励み、あらゆる種類の買い物を減らして新規の借入を控えました。家計、企業ともに純貯蓄者となり、借入を回避したことから、日本経済は成長の勢いを失いました。その結果、1991年前後から2001年前後にかけての「失われた10年」を通じて、日本経済は低成長とデフレに苦しむこととなりました。

「バランスシート不況」の陰から抜け出す

猛烈な債務削減が続いた結果、2000年代半ばのGDP(国内総生産)比の民間債務残高(金融機関を除く企業と家計の債務残高の総額)は、1990年代初めの220%前後を大幅に下回る160%前後に低下しました。この間、政府債務残高は、約130%未満から170%前後に上昇しました(図表2)。

「バランスシート不況」は、長期にわたり日本経済に傷跡を残し、(2008年から2009年にかけての世界金融危機など)外的ショックが状況を更に悪化させました。GDP比の民間債務残高は、超低金利環境にありながら2010年代半ばまで低下し続け、日本企業がようやく借入を再開したのは、2013年になってからのことです。同じ頃、企業の設備投資も回復し始めました(図表3Aおよび3B)。こうした動きが、2013年の「アベノミクス」の開始と時を同じくしたことは注目に値すると考えます。「アベノミクス」の「3本の矢」(日銀による金融緩和政策、政府支出を通じた財政刺激策、構造改革)は、企業が自信を回復する一因となった可能性もあると考えます。

デフレとの闘い - トンネルの先の光

とはいえ、日銀の金融緩和だけで日本経済を低インフレから脱却させることは出来ませんでした。日本のインフレ率は、日銀が世界の主要中央銀行の中で最も積極的な金融緩和(GDPに対する日銀のバランスシートの拡大幅で計測)を継続したにもかかわらず、その後ほぼ10年間、目標とする2%を大きく下回る水準で推移しました。

ところが、新型コロナウイルスのパンデミックに起因するサプライチェーンの混乱と、ロシアのウクライナ侵攻による原油価格の急騰を受け、インフレ率は2021年半ば以降、上昇基調を辿っています。2023年6月の消費者物価(CPI)コア指数が、15ヶ月連続で、日銀が目標とする2%を上回る一方、(生鮮食品およびエネルギーを除いた指数で、物価動向の主要な指標とされる)コアコア指数は、前年同月比で4.2%、上昇しました(前年同月比、図表4)。

日本のインフレ率の上昇は、他の多くの国の場合と同様に、日本経済の外で起こった外的ショックが引き起こしたものですが、庶民の生活費を大幅に押し上げる、強力かつ持続的な物価上昇圧力が確認されたのは、ここ数十年で初めてのことです。こうした状況が、いわゆる「新しい資本主義」政策のもとで従業員報酬の引き上げを求める岸田首相の要請もあり、賃上げ要求につながったものと考えます。

2023年春季労使交渉(春闘)では、(賞与を含む)平均賃上げ率を、1993年以来最大となる3.8%とすることで、経営者側と労働組合が合意に達しました。このうち、基本給与の引き上げ率は2.3%と、前年の0.5%を大きく上回ります。日本の労働者の大半が労働組合に加入していないことや、中小企業の賃上げ率は限定的なものに留まる公算が大きいため、春闘の結果から日本全体の賃上げ率を推定することは困難ですが、今年の春闘の合意は、日本の賃金動向に根本的な変化をもたらしたことを示唆しているように思われます(図表5A)。

賃金上昇が定着すれば、今後、構造的な要因によるインフレの上昇が起こる公算が大きいと考えます。労働市場の逼迫も、こうした方向性を示唆しています。日本の人口は2009年以降、減少基調を辿っていますが、総労働人口が女性の労働参加率の上昇を受けてピーク(約6,800万人)をつけたのは、新型コロナウイルスのパンデミックの直前になってからのことです。ジェンダー平等の促進と、女性にとっての労働市場参加をより魅力的なものとすることで経済の活性化を図った、安倍首相時代の「ウーマノミクス」に続く動きです。とはいえ、こうした傾向は、ほぼ終わりに近づいているように思われます。日本の女性の労働参加率は、2022年には74.3%に達し、先進他国の平均を大きく上回っていることから(図表5B)、これ以上の上昇の余地は限定的だと思われます。2023年6月の失業率が僅か2.5%に留まる中、労働市場の逼迫が続く状況が、今後の賃金上昇を下支える公算は大きいと考えます。 

この間、企業と家計のインフレ期待も上昇しています。2023年1~3月期の日銀短期経済観測(日銀短観)によれば、企業の5年後の物価上昇見通しは2.1%と、2016年から2021年平均の1.1%を上回って上昇し続けており、内閣府の7月の消費動向調査によれば、家計の半数以上が、今後1年以内に消費者物価の上昇率が5%を上回ると予想しています。企業の観点からすると、小売価格の値上げに対する消費者の耐性を示唆するものであり、企業が価格設定へのアプローチを構造的に変更することを可能にするものかもしれません。これまでのところ、幅広い商品の値上げにもかかわらず、日本の家計の需要は底堅さを維持しており、インフレ見通しが更に強まる可能性を裏付けていると考えます。

米中対立の潜在的な受益者

過去のレポート(7月10日発行 「サプライチェーンの分散が進んでもアジアの優位は変わらず」)では、米中間の緊張の高まりを背景としたグローバル・サプライチェーンの再構築を取り上げましたが、日本は米国の同盟国としての立ち位置や、エレクトロニクスや半導体などのハイテク・セクターにおける競争優位性を勘案すると、こうしたプロセスから恩恵を受ける可能性があると考えます。日本政府は、近年、半導体産業の復活を目標に掲げており、岸田政権は2021年(11月)、先端半導体製造分野の支援を目的に、7,740億円の特別基金を設定しています。このうち、約4,000億円は、台湾積体電路製造(TSMC)の日本初の工場建設に充てられることが報道されています。「フレンド・ショアリング」の進展や政府支援が、海外企業のハイテク・セクターを中心とした、対日投資を拡大させる公算は大きいと考えます。

加えて日本は、様々な経済協定や貿易協定に積極的に参加することからも恩恵を受けることが期待され、アジア太平洋地域の主要11ヶ国が締結した「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」における主導的な役割などが注目されます。日本はまた、2018年に欧州連合(EU)と経済連携協定(EPA)を締結しています。日本とEU間のEPAは、EUがこれまでに交渉してきた中で最大の貿易協定であり、EUからの輸入品に課される関税の99%が15年後までに撤廃されることになっています。

日本企業の利益率とガバナンスの改善

ミクロ経済面でも、先行きを期待させる兆しが現れ始めています。日本企業の収益は絶対ベースで見ても、民間部門のGDP比で見ても、2010年代半ば以降、大幅に拡大しています。増益基調は新型コロナウイルスの感染拡大期に一時途切れたものの、再び、確認されています(図表6A)。

足元の日本の労働生産性も、絶対ベースならびにG7各国との比較ベースの双方で一定の改善を見せています(図表6B)。これは人口老齢化対策として2018年以降、政府が推進してきたデジタル・トランスフォーメーションの一環としての企業のIT投資の加速が一部反映されているのかもしれません。

安倍政権以降、コーポレート・ガバナンス改革にも顕著な進展が見られます。2014年の日本版「スチュワードシップ・コード」と2015年の「コーポレートガバナンス・コード」は、経営陣の質と資本の効率性の向上の双方に寄与しています。また、今年に入り、東京証券取引所(東証)が上場企業の低バリュエーション是正のための新たな取り組みを発表したことが、改革の勢いを増しています。東証は2023年3月、自己資本利益率(ROE)や株価を意識しつつ、資本効率や事業運営を改善するよう上場企業に要請し、株価純資産倍率(PBR)が1倍割れの企業には資本コストを分析の上、企業価値向上のための計画を策定するよう促しています。2025年3月までに基準を満たせなかった企業には、市場区分の変更あるいは上場廃止の措置が取られる可能性があります。 

株主アクティビズムは日本でも増加しており、コーポレート・ガバナンス改革に寄与する可能性があると考えます。アクティビスト(物言う株主)によるキャンペーン件数は、2015年以降、着実に増加しており、2022年には米国に次ぐ52件と、過去最高を更新しています。このような状況の影響を定量的に評価することは未だ容易ではありませんが、企業と株主の対話が増え、コーポレート・ガバナンスの改善に対する期待が強まる状況は、企業行動を変え、企業価値を向上させる一助になると思われます。

今後のリスクと課題

上述の様々な変化は先行きを期待させるものであっても、日本経済が直面する長期的な課題がすべて解決されたわけではありません。人口の減少と老齢化は、日本の潜在成長率の下押し圧力であり続けるものと思われます。自動化、人工知能(AI)、ロボット工学等の生産性を向上させる技術への投資や、移民の受け入れなどの労働供給を促進させる政策が下方圧力を和らげる可能性はあっても、強い逆風が吹き続ける状況は変わりません。ここ数年、移民政策の要件緩和や外国人労働者の受け入れを歓迎するための施策が講じられているものの、外国人労働者数は、持続的な経済成長の達成に必要な水準を遥かに下回っています。国際協力機構と複数のシンクタンクとの共同研究は、政府が目標とする2040年の名目GDP(704兆円)の実現には、足元のほぼ4倍にあたる674万人の外国人労働者が必要になることを示唆しています。

日本の財政の持続性も懸念材料です。日本の公的債務は、1992年から2022年までの30年間で5倍以上に膨れ上がり、対GDP比の債務残高は先進国最大の水準に積み上がっています(図表7)。これは、景気浮揚を図った1990年代以降の巨額の政府支出と、人口の急速な老齢化に起因する社会保障給付の増大が主な原因です。政府は、何度か財政再建に舵を切ろうとしたものの、その試みは1997年から1998年のアジア金融危機や2008年から2009年のグローバル金融危機などの外的ショックに妨げられ、その結果、安倍元首相が2012年の首相就任時に誓約した2020年度末までの基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化は、2025年度末までずれ込んでいます。

上述の様々な課題に劣らず重要なのは、市場に動揺を与えず、また、景気回復を頓挫させることなく、長年継続してきた金融緩和政策を正常化することが、日銀にとって重要かつ極めて困難な課題として残っていることです。この問題については、改めて検討したいと考えます。

結論  

日本経済が、ようやく待望の変曲点に到達したことを示唆する証拠が現れ始めているように思われます。構造要因に起因する重要な課題は残るものの、長年に及んだ景気停滞ともいえる局面を経て、内生的な成長の好循環を維持出来る環境が整ったように思われます。日本経済は、債務削減に徹した数十年を経て、バランスシート不況の影から脱した可能性があるのかもしれません。ここ数年の外的要因に起因する物価の上昇は、企業の価格および賃金設定行動に真の変化をもたらしたように思われます。インフレが上昇する時代が続く可能性が、適切なインセンティブや地政学的状況の変化と相俟って、海外企業の対日投資を拡大させる可能性も考えられます。こうした状況が続き、従業員報酬の引き上げと企業の設備投資の拡大が同時に実現するならば、日本経済は、過去数十年とは構造的に異なる国に姿を変える可能性があると考えます。

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