サステナブルな社会に貢献する姿勢と行動を磨くために、アセットマネジメントOne菅野暁社長が社外のさまざまな分野の有識者をゲストに迎え、対話を通じて学びを重ねるシリーズ。第6回は、リ・パブリック共同代表の田村大をゲストに迎えた。日本各地の企業や自治体と組みながら、「持続的にイノベーションが起きる生態系(エコシステム)」を研究・実践する活動から見える課題やその解消に向けてのヒント、これからの日本の金融に期待する役割について話を聞いた。司会進行は、サステナビリティ推進室の小松みのり室長が務めた。
イノベーションが持続する環境の条件とは
菅野 暁(以下、菅野):当社がより社会に貢献できる企業へと発展していく上で、実践家のお話は大変貴重な学びになります。田村さんは現在は九州を中心にさまざまなプロジェクトをリードされているそうですね。まずは、簡単にご経歴を伺ってよろしいですか。
田村 大(以下、田村):生まれは横浜で、高校以降は東京で過ごしました。東京大学の学部時代には認知系の心理学、中でも人工知能に関心があって勉強していました。卒業後は博報堂に入社して広告ビジネスに携わっていたのですが、4年目を迎えた頃に「Windows98」が発売になって、世の中にインターネットが急速に広まったんですね。もともとプログラミングも少しかじっていたこともあったので、IT系の業務に携わる機会が増え、「もっとコンピュータの可能性を追求したい」と考えて東大の大学院に戻りました。
コンピュータサイエンティストの坂村健教授のゼミ1期生として博士課程まで5年間。人間の行動をどうモデル化するかというテーマに興味があって研究を続けていたのですが、人間の行動に影響する環境の変数は膨大で、十分な量的データを取ることは不可能だと思い知ったんです。そこで、人類学的な観察の手法(エスノグラフィー)を用いてデータと掛け合わせていく取り組みを始めました。
その流れで知人に紹介されたのがアメリカのIDEOです。「デザインシンキング」という概念を広めたことで有名な会社ですが、当時はまだその言葉さえ生まれていなかった2005年頃のことです。本社のあるパロアルトまで行って話をしたら意気投合し、博報堂との合弁でイノベーションコンサルティングのプロジェクトがスタート。2009年にはイノベーションの作り方を学べる場を作ろうと東京大学i.schoolを立ち上げて、4年半ほどディレクターを務めました。
菅野:すべて博報堂に所属しながらのことだったんですよね。いい会社ですね。
田村:のびのびとチャレンジできる環境でありがたかったですね。でも、結婚式のスピーチで先輩に「博報堂で一番自由にやってる田村君」と言われて「そうだったのか」と驚きました(笑)。IDEOを博報堂につなげることができたという点では、良い貢献ができたのではないかと思っています。
菅野:リ・パブリックを立ち上げたのはどのような思いからだったのでしょうか。
田村:さまざまなコンサルティングのプロジェクトに伴走する中で、大きな疑問を抱くに至ったんです。結局、イノベーションを起こすには、その組織が自らイノベーションを起こせる力を備えなければ意味がない。イノベーションが持続する環境づくりこそが重要なのではないかと。そのシステムづくりに力を注ぐほうが、産業全体、社会全体を前に進められるはずだと考え、博報堂を辞めて会社を設立しました。
小さくても顔が見える経済圏を求めて地方へ
小松:東日本大震災も強く影響したのだそうですね。
田村:はい。震災発生の2週間後に学生たちと気仙沼に入って支援活動を始めたのですが、「元の姿に戻ろうとすることが、果たして本当にこの地域の発展につながるのだろうか」という問いを突きつけられたのです。同時に、これは被災地だけの問題ではなく、東京も含めた日本の各地で起きる問題であるという危機感も抱きました。つまり、社会が自律的かつ創造的に変化できる文化はどのようにして醸成されていくのか。この大きなテーマに挑みたいという思いに駆られたんですね。
「リ・パブリック」という社名には、「公共(パブリック)をもう一度みんなのものにしていこう」という意味を込めています。ちゃんとビジネスとして回っていくことを証明したかったので、NPOではなくあえて株式会社の形にしました。
菅野:なぜ東京ではなく地方で活動を始めたのでしょうか。
田村:変化の手応えをもっとリアルに感じたかったからです。東京では本当に素晴らしい縁に恵まれたのですが、いろいろな取り組みを続けながら「全然動かないな」という歯痒さを感じていました。象徴的な例として、ある企業の調査部門と仕事をしたとき、ひととおりの調査を終え、「ではこの結果をもって、来年に何を実行するかを決めましょう」と提案をしたら「それはうちの部門の仕事ではないので」と言われたことがありました。翌年やったことは再び調査です。
隙のないプランを立てることにはこだわるのに、それがどこまで現場で実効性を持つかには興味がない人がたくさんいることに絶望を感じていました。東京では現場を動かすことは相当難しいなと。ならば、地方で顔が見える規模でプロジェクトを実行するほうがいいと考えたんです。たとえ東京より二桁少ない金額しか動かないとしても、確実な変化の手応えを感じられるほうがイノベーションと言えるだろうと。それで10年ほど前から地方でのプロジェクトを増やし、メインで活動することが多くなった福岡に家族と移住しました。
菅野:実際に地方で活動を続けてきた感想としてはいかがですか?
田村:福岡に関して述べるなら、人口250万人のそれなりの都市圏でありながら、街を歩けば1日5人くらい知り合いとすれ違うような“田舎性”もある。一つのプロジェクトを終えても、また次につながって、コミュニティの力がより強固になっていくような循環が生まれやすいんです。もちろん、コミュニティが強いゆえのやりづらさもありますが、変化を仕掛ける成功確率は東京よりもずっと高いと感じますね。
菅野:一方で、地方特有の課題もありますよね。福岡は当てはまらないかもしれませんが、人口減少はマイナス要素として地方経済を圧迫していますよね。そういった状況下でも、新しい変化を起こせる希望はあるのでしょうか。
田村:たしかに多くの地域では人口減少が深刻な問題になっていますね。私が関わっている福岡県八女市も、非常に豊かで多彩な伝統工芸が残っている地域なのですが、その産業を次の時代へ展開できる働き手が足りない。
一つの希望を感じられる兆しとしては、最近、転勤を撤廃する企業が増えてきたこと。リモートワークの浸透も相まって、「東京に本社を置く大企業で働きながら、故郷に戻って地元のコミュニティの中で暮らす」といったライフスタイルを選択するハードルもずいぶん下がったと思うんです。実際、東京から移住して、自分で汗をかきながら地元の人たちと関係性を紡ごうと頑張っている人は、私の周りでも増えています。仕事と暮らしを切り分けて、自由にデザインできるようになったことは地方経済にとってはチャンスです。
スケールアップはゴールではない
小松:九州で成功したビジネスを、いずれは東京に持ってきてスケールアップするといった構想もあるのでしょうか。
田村:それはあまりないんですよね。そもそも東京の消費に耐えられるだけの生産量がないので。福岡の伝統工芸の一つ、久留米絣も素晴らしい織物なので東京にも紹介していますが、久留米絣を生産できる工房は27軒しかないので、大々的に売り出す考えにはなりません。
目指すところとしては、「小さくても成り立つ経済」。その地域の圏内で自立した経済を循環させるイメージですね。日本の国単位で見ると「食糧とエネルギーの自給率が低い」という理由で現実的ではありませんが、九州は再エネ比率が25%に届こうとしていて、食糧自給率も生産額ベースでは100%をゆうに超えるんです。実は九州は、日本の社会課題を解決する先進モデル地域になれるんじゃないかと期待しているんですよ。だから、いろいろと試してみたいという気持ちがあります。
菅野:面白いですね。「地方創生」というと、地方の特産品を東京で売ってお金を引っ張ってくるサクセスパターンが先行していますが、九州の中、八女市の中など“閉じた世界”の中で経済がある程度回っていく。そんなイメージでしょうか。
田村:その地域を中心としながらも、輪は幾重にも広がっていっていいと思っています。熊本地震で被害を受けた農家さんを回って作業を手伝ったときに、農家の方からたくさんカボチャをもらったんですね。食べてみたら、初めて味わう美味しさで感動して。聞けば「これは普通にスーパーには卸さないカボチャなんよ」と。地元で消費するほかは、京都の料亭向けに出しているのだと聞いて、こんなふうに地元を起点にして異なる大きさの輪がいくつも広がるのが理想形だと思ったんですよね。かつてのプランテーションのように、生産地では全く消費されない形ではなく、地域の人々の暮らしやコミュニティに根付いた上で、外に対しても経済性を持つ。これなら持続可能ではないかと感じています。
菅野:地方が魅力を内側に蓄えたまま、外でもしっかり稼げる形が成り立てば理想的ですよね。私も地方は好きでして、農家に泊まるのが趣味なんです。20年ほど前ですが、八女のお茶農家に泊まってお茶摘みを手伝ったこともありました。夜は九州の学生さんたちと数十人で雑魚寝して。
田村:いいですね。八女での最近の取り組みとしては、伝統工芸のある暮らしを体験していただける古民家宿も始めました。「Craft Inn 手」という宿なのですが、和紙、竹細工、絣、陶器、お茶など八女に根付いたクラフト文化を一堂に集めた宿で、モノではなく暮らしをデザインして提案するという取り組みです。
東京には東京の、佐賀には佐賀の、筑後には筑後の、地方それぞれの特性を生かした暮らしの形があっていい。多様な価値の共生によって、経済の輪はそれぞれ違った色彩を持って広がってくのだと思っています。その一つのモデルになれば嬉しいですね。
カギになるのは「行動・習慣・価値観」の変革
菅野:田村さんが実践されていた「イノベーションを自ら生み続ける環境づくり」というのは、まさに当社が目指している目標です。背景としては、資産運用会社の役割が大きく変化しようとしているという時代の流れがあります。
インターネットの力によって金融の情報がオープン化される中で、個人が自分の意思で投資先を選ぶという行動が増えています。現時点では私たちは販売会社を通じてお預かりした資産を運用する立場なので、個人のお客様と直接つながる接点はほとんどありません。証券会社にお金を預けた先で、実際に運用している会社がどこかってあまりご存知ない方が多いと思うんです。
田村:たしかにパッと名前は出ないかもしれないですね。
菅野:そうですよね。ただ、これは日本独特でして、欧米では独立系の運用会社が個人と直接取引をしています。いずれは日本でも、個人のお客様が自分の意思で運用会社を選択する仕組みへと変わっていくのではないかと私は予測しているんです。
そのときに「こんな価値観を大切に運用している会社ならば、ぜひ資産を預けたい」と思ってもらえる会社になっていないといけない。そのためのパーパス経営であり、ESGへの取り組みなのですが、会社全体を見渡すと、まだまだ新しいものを立ち上げていくカルチャーは育っていないんです。5年後に確実に成功しているイメージとそのための具体的手法が提示されないと動けない人は多い。いわゆるウォーターフォール型ですよね。そうではなく、小さなチャレンジから少しずつ修正して積み上げていくアジャイル型のイノベーションを起こしていきたい。
おっしゃるように、外部のコンサルティング会社から提案を受けるのは簡単ですが、それでは“内側から変わる力”が育ちません。とはいえ、自力だけでやることも相当難しいなと思いながら試行錯誤しているところです。イノベーションを起こす環境づくりのために、何がキーになると思いますか。
田村:私もずっとその答えを探しているのですが、一つの回答としては、「行動・習慣・価値観」を変えることがイノベーションにつながると確信しています。行動・習慣・価値観が変わることをどう予見するのか、そしてその変化に対して自分自身がどう関わっていくのかを常に意識できる環境づくりが重要ではないでしょうか。
結局、自分自身を変えられる人でなければ、イノベーションは起こせません。自分が変わっていくことに対して好奇心を持ち、ポジティブに向き合う人をどれだけ増やせるかで、その組織のイノベーションを生み出す力が決まる気がしますね。
菅野:なるほど。自ら変わることに前向きになれる人を増やすということですね。
田村:高齢化が進む日本の社会では、「変わりたくない」と考える人のほうが多数派かもしれません。ただ、「自分はこのままでいい」と思っていた人でも、「変わってみたら意外と面白いし、いいことがあるね」と腹落ちする体験ができると価値観が転換して、結果として集落や村落のカルチャーが変わっていくこともあるんですよ。
小松:共感と実感が大事なのですね。
田村:義務的に強制したり、「今これをやらないと、こんな怖いことになっちゃいますよ」と脅したりするよりも、「こっちのほうが楽しいですよ」というメッセージを出すほうがうまくいきますね。あと、一人ではなく、いろんな人を巻き込んで取り組む設計を用意するのも効果的です。
当事者を増やし、動機付けする
菅野:やはりポジティブな実感がないと広がらないですよね。最初は少人数しか集わなかったとしても、地道に続けていくことに意味があるのだろうと思います。
田村:おっしゃるとおりです。加えて、イノベーションを起こしている当事者たちが「第三者から褒められる」という機会を増やしていくことも大事ですね。リサイクル率ナンバーワンを14年間維持している鹿児島県大崎町の役場の課長に「どうしてそんなに町民のモチベーションが高いんですか?」と聞いてみたことがあるんです。すると、「町外から視察が来るたびに、あえて訪問先を変えている」のだと。訪問者に「すごいですね」「努力の継続に頭が上がりません」と言われると嬉しいし、やる気が湧きますよね。そんな褒め言葉を浴びる人をあちこちに増やすことで、動機付けの機会を町全体で分配しているのだそうです。非常に納得しました。
小松:示唆に富むお話ですね。旗振り役は町長なのですか?
田村:課長職の方々が意欲的に動いていますね。やはり現場に直接働きかけられる中間管理職の影響力は大きいです。
菅野:当社でも、一人ひとりがサステナビリティ経営の当事者として主体的に動ける組織文化を目指しています。かといって、評価の項目に入れるような安直な方法では誰もついてきませんよね。
田村:「良いことをしましょう」「誰かのために」とキレイなスローガンを掲げるより、自分たちにとってのメリットを感じてもらったり、いい意味での競争意識を刺激したりするほうが早く進むと思います。
菅野:しかしながら、地域によっては「すでに手に入れた恩恵をなかなか手放せなくて、変われない」という状況もあるのではないでしょうか。たとえば、原発を誘致して多額の税金を投入されてきた地域などではいかがでしょうか。
田村:おっしゃるとおり、そこが問題なんですよね。私たちが大規模プロジェクト「Satsuma Future Commons」を進めている鹿児島県薩摩川内市は、まさに原発で地域の経済を成り立たせてきた街でした。1970〜80年代に「夢のエネルギー」ともてはやされた原発の立地を計画し、工業団地を建て、大企業を誘致し、栄えた街です。ずっと原発に頼れたらいいのですが、ご存知のとおり原発には運転期限があり、最長60年。薩摩川内市はあと20年後に基幹産業を失うことが決まっているんです。
地元の人の声を集めていくと、20年後に対する危機感はなんとなく共有されているのは分かりました。でも、次のビジョンを見つけられていないことが一番の課題だと考え、「最先端の循環経済都市をこの地につくる」というビジョンを掲げ、この5年の間に具体的な準備を手伝ってきました。新たな基幹産業を生み出す目的で、川内原発に隣接する場所で東京ドーム7個分の広大な土地を開発中です。
菅野:地元の方々とビジョンを共有するためにどんな工夫をされたましたか。
田村:やはり思いに寄り添う姿勢は重要だと思います。20世紀には原発で地方経済を潤すことに成功した優等生的存在として評価されていたのに、今や風向きが変わってお荷物的な扱いを受けることに対して、地元の人たちは不満や戸惑いを抱いているわけですよね。同時に「もう一度、21世紀に輝ける薩摩川内市をつくりたい」という思いも強い。その気持ちを言葉にして代弁し、プロジェクトに昇華させていきました。下手に「このままでは危ないですよ」なんて刺激するのは逆効果ですよね。今は市内だけでなく鹿児島県全体を巻き込んで、いろいろなプロジェクトが生まれています。
菅野:一般論としての“べき”ではなく、「ここに暮らす自分たちがどうなっていきたいか」という議論を大切にしてきたということですね。
田村:その点はこれからも大切にしていきたいと思っています。
未来へつなぐお金の使い道のオプションを
小松:最後に、当社がこれから社会に果たせる役割として、ご期待があれば教えてください。
田村:先日、パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナード氏が親族の分も含めた全財産を非営利団体に寄付すると発表して話題になりました。私はこの決断に非常に感銘を受けるのと同時に、日本でも自分の資産を次世代のために使うオプションがもっと増えたらいいなと思ったんです。
日本では寄付文化がそれほど盛り上がりませんが、「社会貢献のため、次世代のために自分のお金を使いたい」という人は少なくないはずなんです。日本財団が生前贈与のコマーシャルを打つと、たくさん問い合わせの電話が鳴ると聞いたこともありますし。そのニーズに応える選択肢をぜひ御社のような資産運用会社がデザインしていただけるとうれしいですね。未来へつなぐためのお金を、しっかりと運用してもらえる選択肢があれば、ぜひ選びたいという人は多いんじゃないかと思います。
菅野:なるほど。ファイナンシャルリターンをしっかり出しながら、ソーシャルリターンも出す。この両立を目指すESG投資を推進するために力を入れているマテリアリティ(重点項目)の設計も、今おっしゃったニーズに応える結果につながるものになるでしょう。
社会全体のシステムをすぐに変えるのは難しくても、足元でできることを少しずつ実行することが大事ですよね。例えば、シニアのお客様を地方に招待して、魅力に直接触れてもらうツアーを我々のような資産運用会社が企画してやってみるのもいいかもしれません。
田村:いいですね。一つの企業・組織の力だけで持続可能な社会を目指すことはできません。多様なプレーヤーが手を取り合って未来をつくっていける。そんな風景をつくっていけるよう、私も頑張ります。
菅野:非常に参考になるお話をありがとうございました。
安齋雄輝(サステナビリティ推進室)、長田礼深(サステナビリティ推進室)、宮本恵理子(担当ライター)、山内麻衣子(サステナビリティ推進室)、菅野暁(社長)、田村大(リ・パブリック共同代表)小松みのり(サステナビリティ推進室長)
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