かぜ症候群は、上気道の非特異的カタル性炎症であり、通常は自然軽快する疾患群である。成人は1年間に3~4回のかぜ症候群に罹患し、そのほとんどはウイルスによる急性上気道炎である。
かぜ症候群のガイドラインは、2003年に日本呼吸器学会から「呼吸器感染症に関するガイドライン 成人気道感染症診療の基本的考え方」が発行されている。新しいガイドラインとしては2017年6月に厚生労働省から適正な抗菌薬の使用を目標に、「抗微生物薬適正使用の手引き第一版」が発表された。海外では、2016年に米国内科学会(ACP)の気道感染症ガイドラインが15年ぶりに改訂された。いずれのガイドラインも急性上気道感染症に対する明確な指針になっている。また、国際的な薬剤耐性菌、およびそれに伴う感染症の増加を問題視して、急性気道感染症に対する抗菌薬の適正使用について喚起している。本章はかぜ症候群について、これらのガイドラインをもとに記載した。(最終更新日:2020年3月)
定義・概念
かぜ症候群は、多くはウイルスによる鼻腔から喉頭に至る上気道の炎症性疾患で、良性経過をたどり自然軽快する疾患群である。
かぜ症候群の原因微生物は、全体の80~90%が200種類以上のウイルスである。頻度として多いものはライノウイルス(30~40%)、コロナウイルス(約10%)であり、RSウイルス、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルスが続く。残りを一般細菌、マイコプラズマ、クラミドフィラが占めている。
2016年のACPの気道感染症ガイドラインでは、4つのHigh-Value Careが掲げられ、そこに「医師は普通感冒の患者に抗菌薬を処方するべきではない」という項目が記載されている。そのため臨床症状、経過から原因の大半がウイルス感染症であるかぜ症候群を正しく診断し、不要な抗菌薬処方を行わないことが大切である。
1. かぜ症候群の症状および臨床経過
かぜ症候群に定まった診断基準は存在せず、実際の外来診療では臨床経過から診断している。通常、微熱や咽頭痛、倦怠感が発症初日からみられ、1~2日程度遅れて鼻汁や鼻閉といった鼻症状が強くなり、その後咳や痰が出てくる。ウイルスの種類にもよるが、通常高熱や著しい咽頭痛を来すことは少ない。これらの症状は3日目頃にピークを迎え、7~10日目あたりで軽快することが多い。
かぜ症候群は、ほとんどがウイルス感染によるものであり、感染に対する身体の免疫反応によって症状が生じる。そのため複数の臓器が同時に障害され、鼻汁・鼻閉や咽頭痛、咳が同時に同程度みられる場合は、抗菌薬の投与が不要であるかぜ症候群と診断できる場合が多い。一方、細菌感染症では複数の臓器にまたがって同時に症状を引き起こすことはほとんどない。
2. 初診時に必要な検査
上述のような典型的なかぜ症候群であれば、問診や経過から診断が可能であり、検査は必要としない。検査は症状や経過がかぜ症候群にしては非典型的であり、かぜ症候群に類似した症状を呈する疾患を鑑別するために行う。かぜ症候群に含まれるウイルス感染症のなかで、鑑別可能なものとしてはインフルエンザウイルス、RSウイルス、アデノウイルスがあるが、これらのウイルスは鼻腔・咽頭拭い液の抗原検査を用いた迅速診断が可能である。細菌感染症では、咽頭症状が強くA群β溶血性連鎖球菌(GAS)が疑われれば、咽頭拭い液による迅速診断キットを用いた病原体の抗原の検出により診断が可能である。その他の細菌に関しては、喀痰、鼻汁を用いたグラム染色や培養検査を要する。
咳が強く、百日咳やマイコプラズマが疑われる場合には、血清中の特異抗体価や寒冷凝集素が測定されるが、結果を得るまでには時間を要するため外来診療の場での治療方針の決定には実用的ではない。近年、マイコプラズマに対しては、イムノクロマト法による咽頭拭い液を用いた迅速抗原検査が可能となっているが、感度が低いため、総合的に判断する必要がある。
画像診断に関しては、膿性痰や咳といった呼吸器症状が強い場合には、肺炎や細気管支炎の診断のために胸部単純X線や状況に応じて胸部CTを撮影する必要がある。
3. 鑑別診断
(1)アレルギー性鼻炎
アレルギー性鼻炎の症状は、かぜの初期症状と似ることが多い。季節性に鼻汁や鼻閉を繰り返す、慢性的に症状が続くなどの経過を確認することで鑑別可能である。
(2)急性細菌性鼻副鼻腔炎
膿性鼻汁、鼻閉といった鼻症状に、片側性の顔面の疼痛、腫脹、頭痛、発熱などを認めた場合、急性細菌性鼻副鼻腔炎を考慮する。膿性鼻汁はかぜ症候群でも認めることが多いために、膿性鼻汁のみでは鑑別できない。単純X線の撮影は、副鼻腔CTと比較して上顎洞陰影では感度80%と良好であるが、その他の副鼻腔では感度が低く診断が困難である。副鼻腔炎の診断には鼻内視鏡での所見が有用とされ、診断に迷う場合は耳鼻科医にコンサルトすることも重要である。
(3)細菌性咽頭炎・扁桃炎
嚥下時痛を伴う咽頭痛が強いが、咳や鼻水を認めない、またはあっても軽度という場合は急性咽頭炎を考える。咽頭炎の大半はウイルス性であり、1週間程度で軽快することが多い。しかしながら、1週間程度経過しても症状が軽快しない、あるいはいったんは軽快したが、再度咽頭痛、発熱が増悪した際には細菌感染を疑う必要がある。細菌性咽頭炎は、咽頭炎全体の約10%であり、そのうちの10~15%がGASによるものである。GASによる咽頭炎を判断するために、Centorの診断基準に年齢補正を追加したMcIsaacの基準(表1)がある。3点以上であれば迅速抗原検査、培養検査を考慮する。各ガイドラインでは、GASと確定した場合のみ抗菌薬で治療するべきであるとされている。
(4)急性喉頭蓋炎・扁桃周囲膿瘍
発熱、咽頭痛を訴える患者で、人生最悪の喉の痛み、吸気性喘鳴(stridor)、開口障害、tripod position、流涎といったred flag signを認めた場合は急性喉頭蓋炎を、口蓋扁桃の腫大、対側に偏位した口蓋垂を認めた場合は扁桃周囲膿瘍を考える。挿管や気管切開による気道確保が必要になる可能性があり、麻酔科医や救急医など気道確保に熟練している医師と連携し対応する必要がある。
(5)急性気管支炎、急性肺炎
かぜ症候群との鑑別が難しいが、急性気管支炎は咳症状が主体で、咽頭痛や鼻症状は乏しい。咳嗽が強く、2~3週間続くこともある。急性気管支炎の定義は、「発熱、咳、痰が主症状で肺炎が否定できる」であり、肺炎との鑑別には胸部単純X線検査が有用である。急性気管支炎の原因はほとんどがウイルスであり抗菌薬は不要であるが、悪寒戦慄や膿性痰を伴う高熱や先行する症状がいったん軽快した後に、高熱や膿性痰、呼吸困難などを訴える場合は、細菌感染の合併を疑う。その場合は、血液検査や胸部単純X線検査、喀痰培養検査を行う。
(6)インフルエンザ
かぜ症候群よりも全身症状が強く、高熱や筋肉痛、関節痛などを伴う。潜伏期間は平均2日程度である。冬季に周囲で流行していれば診断は困難ではない。インフルエンザを疑えば、迅速抗原キットでの検査を行う。陽性であれば診断が確定するが、発症24時間以内は偽陰性も多く、問診などから総合的に判断が必要な場合もある。
(7)百日咳
潜伏期間は1週間程度で、病初期はかぜ症候群と似通った症状を呈するが、咳が遷延したり、嘔吐を伴うような発作性の咳を認めたりするようになる。「咳嗽に関するガイドライン第2版」では、14日間持続する咳に「発作性のせき込み」「吸気性笛声」「せき込み後の嘔吐」のいずれか1つ以上を伴えば、百日咳の診断が可能とされている。小児では、これらの典型的な症状を有することが多く、診断が可能であるが、成人では咳嗽のみ遷延している場合が多く診断が容易ではない。
確定診断のために菌の培養が行われるが、成人では小児に比べると菌量が少ないため、培養陽性率は数%に過ぎない。発症後4週間以上経過している場合は、酵素免疫測定法によるPT(pertussis toxin)-IgG抗体を測定し、抗体価が100U/mL以上であれば単血清でも診断に有用である。しかし、これらの方法では、抗菌薬が有効な2週間以内に確定診断することは困難である。2016年には後鼻腔拭い液を用いたLAMP法が保険収載されたことから早期の診断が可能となった。
(8)結核
初期症状はかぜ症候群と似ている。結核では、咳や痰、微熱といった症状が2週間以上持続することが多い。これらの症状が続くようであれば、胸部単純X線や胸部CTの撮影が必要である。結核を疑う陰影を認めれば、喀痰抗酸菌塗抹や培養、核酸増幅法による検査を行う。
4. 確定診断
咽頭拭い液を用いてウイルスを分離同定する方法や血清抗体価の上昇により診断することは可能であるが、一般的には原因ウイルスの同定は困難な症例が多い。そのため臨床症状や経過で診断する。
管理・治療
1. 管理・治療の目標
かぜ症候群は、そのほとんどがウイルス感染症で、自然治癒するものである。そのため患者の症状、経過から抗菌薬が必要な細菌感染症をしっかり鑑別し、耐性菌の誘導を生じないためにも、適切な抗菌薬使用を心がけることが重要である。咳や発熱、咽頭痛などの症状に投薬を行うこともあるが、いずれの薬剤にも副作用を生じることがあり、必要以上に処方しない。また比較的頻度の多い副作用に関しては説明しておく必要がある。
2. 治療方法
かぜ症候群の治療は、安静、保温および保湿、水分補給に留意することが基本である。栄養に関しては、食欲が低下していることも多く、食べ慣れているもの、口当たりがよく、消化のよいものを摂取するよう指導する。
発熱、咳、鼻汁といった症状はウイルスに対する生体防御反応として生じている。そのため薬物療法が生体防御反応を抑制する可能性があることに留意する。したがって対症薬は、日常生活に著しく支障が出ているかどうかを目安に検討する。
発熱は生体防御に有利に働くことを考慮し、解熱鎮痛薬を安易に投与すべきではない。基本的には頓用で投与する。酸性非ステロイド抗炎症薬は、感冒の治癒を遷延させたとの報告もあり、また高齢者では腎機能障害を有する症例もあるため、その処方は慎重にすべきである。
鼻汁、鼻閉といった鼻症状は、副交感神経の亢進やアセチルコリンの作用による鼻粘膜の充血、腫脹によるものである。点鼻血管収縮薬は鼻粘膜のうっ血や浮腫を即効性に改善するが、長期に連用すると鼻閉を悪化させる(薬剤性鼻炎)ことがある。そのため使用は短期(3日間程度)にとどめる。
気管、気管支に病変が及ぶと気道分泌物の増加や気道過敏性の亢進などにより、咳嗽や喀痰を伴うようになる。湿性咳嗽は去痰のための咳反射であり、原則鎮咳薬は用いない。しかし、咳嗽が激しく、不眠や体力消耗につながっている場合には処方を検討する。処方は、中枢性鎮咳薬で麻薬に属するものとしてコデインリン酸塩水和物(リン酸コデインなど)やデキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物(メジコンなど)を使用する。
◆抗菌薬の適応について
抗菌薬の適応は、表2に示すように細菌感染症を疑う経過、所見がみられた場合である。ターゲットになる原因微生物としては、GAS、肺炎球菌、Haemophilus influenzaeなどであり、外来ではβラクタム系抗菌薬であるアモキシシリン水和物(サワシリン、パセトシンなど)が推奨される。
マイコプラズマや百日咳が疑われる場合は、アジスロマイシン水和物(ジスロマックなど)のマクロライド系抗菌薬が第1選択となる。近年、マクロライド耐性マイコプラズマが小児領域で問題となっているが、成人では検出頻度は不明である。マイコプラズマによる急性気管支炎や肺炎に対してマクロライド系抗菌薬を投与すると、マクロライド感受性マイコプラズマでは多くの症例が72時間以内に解熱するとされている。72時間以上経過しても解熱しない場合は、マクロライド耐性マイコプラズマの可能性を考慮して、テトラサイクリン系抗菌薬やキノロン系抗菌薬に変更する。
3. 管理
かぜ症候群であれば、1週間程度で自然軽快するために再診の必要はない。1週間程度経過しても軽快しない、徐々に症状が悪化する場合は、細菌感染の合併やその他の疾患などを考える必要があるために再診が必要であることを患者に伝えておく。かぜ症候群と当初診断した患者が再診した場合は、血液検査、胸部単純X線や胸部CT、喀痰培養や血液培養などを考慮する。
周囲への感染予防への配慮も必要である。咳エチケットは、急性気道感染症の予防に有用であり、「咳が出るときはマスクをする」ことや「鼻汁や痰などを含んだティッシュはすぐに捨てて、手を洗う」ことを患者に指導する。また同居する家族にはマスクの着用やうがいの励行などを指導する。
経過・予後
かぜ症候群は、通常は1~2週間で軽快する予後良好な疾患群である。しかしながら、軽快するはずの期間を過ぎても治らなかったり、症状の悪化を認めたりする場合は、細菌感染の合併に注意が必要である。
発熱に対して
●カロナール錠(300mg) 1回1~2錠 頓用 6時間あけて内服
[アセトアミノフェン]
咽頭痛に対して
●トランサミンカプセル(250mg) 1回1カプセル 1日3回 食後
[トラネキサム酸]
咳嗽に対して
●メジコン錠(15mg) 1回1~2錠 1日3回 食後
[デキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物]
●リン酸コデイン散1% 1回10~20mg 1日3回 食後 または 咳が強い
[コデインリン酸塩水和物]
鼻汁や喀痰に対して
●ムコダイン錠(500mg) 1回1錠 1日3回 食後
[L-カルボシステイン]
細菌感染を合併した場合
●サワシリンカプセル(250mg) 1回1カプセル 1日3回 食後
[アモキシシリン水和物]
マイコプラズマなどの非定型肺炎や百日咳に対して
●ジスロマック錠(250mg) 1回2錠 1日1回 食後 3日間
[アジスロマイシン水和物]
どのような場合に専門医に紹介すべきか
●意識障害や血圧低下、SpO2低下といった重症感染症を疑うバイタルサインの異常を伴う場合
●咽頭痛が強く、開口障害、流涎、tripod position、吸気性喘鳴といったred flag signがある場合(緊急気道確保が可能な態勢を整える必要がある)
●症状が軽快せずに、1週間以上遷延する場合
患者・家族への説明のポイント
①かぜ症候群の原因は、ウイルスであることがほとんどであり、普通は3~10日間ほどで自然軽快する。
②十分な休養、栄養や水分補給に努め、マスクの着用、手洗いやうがいを同居する人も含めて励行する。
③通常抗菌薬は不要であるが、3日以上経過しても症状の改善がない場合や徐々に症状が悪化する場合は、抗菌薬が必要な細菌感染の合併の可能性もあり速やかに再受診する。
参考文献
●日本呼吸器学会呼吸器感染症に関するガイドライン作成委員会 編:日本呼吸器学会「呼吸器感染症に関するガイドライン」成人気道感染症診療の基本的考え方.日本呼吸器学会,東京,2003.
●日本呼吸器学会咳嗽に関するガイドライン第2版作成委員会 編:咳嗽に関するガイドライン 第2版.日本呼吸器学会,東京,2012.
●JAID/JSC感染症治療ガイド・ガイドライン作成委員会 編:JAID/JSC感染症治療ガイド2014.日本感染症学会・日本化学療法学会,東京,2014.
●Aaron M, et al : Appropriate Antibiotic Use for Acute Respiratory Tract Infection in Adults : Advice for High-value Care From the American College of Physicians and the Centers for Disease Control and Prevention. Ann Intern Med 164 ; 425-434, 2016.
●厚生労働省健康局結核感染症課 編:抗微生物薬適正使用の手引き 第一版.厚生労働省健康局結核感染症課,東京,2017.〈http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000166612.pdf〉
からの記事と詳細 ( かぜ症候群:日経メディカル - 日経メディカル )
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