――筆者のジェームズ・マッキントッシュはWSJ市場担当シニアコラムニスト
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インフレはすでに到来しており、長期的な物価上昇圧力も大きい。だが、現在からそこに至るまでには、投資家と経済にとって大きな疑問がある。足元の物価上昇は一過性のもので、来年までには後退するとの米連邦準備制度理事会(FRB)の想定は正しいのか。
FRB内ではすでに漠然とした疑念も生まれている。インフレ率はそのうち自然に元の水準に回帰する可能性が高いとの見方を引き続き唱えながらも、金融緩和の一部解除に向けた議論の時期を探る動きが出てきた。
インフレは一時的とする主張の根拠はシンプルだ。消費者需要は景気刺激策に加え、経済再開に伴うペントアップ(累積)需要が実体化することで大きな追い風を受けている。一方で、供給は需要に追いついていない。ロックダウン(都市封鎖)中の需要崩壊を受けた在庫の取り崩しや生産能力の縮小、労働者による職場復帰の敬遠、新型コロナウイルス絡みの制限措置による生産への余波などが要因だ。その結果、中古車など一部の項目で価格が突出して跳ね上がり、総合消費者物価指数(CPI)が押し上げられている。こうした物価上昇は、余剰資金による消費が一巡し、企業の業務が正常化すれば、後退するだろう。
難しいのは、これが正しいかどうかをどのように見極めるかだ。コロナ後の景気回復によって指標の多くはゆがめられ、実態が把握しにくい。ここでは大きく分けて、労働力・消費者需要・インフレ期待という3つの注目点を挙げる。
労働者は賃金増を通じてインフレを定着させる可能性がある。労働者の数が不足すると、賃金は上昇する。これら労働者の支出は増え、財・サービスは値上がりする。その結果、労働者はさらに賃上げを要求し、このサイクルが繰り返される。
現在、賃金が上向いていることを裏付ける話をよく耳にする。この傾向は低賃金の労働者で特に顕著だ。求人件数が記録的な水準に達する中、企業からは賃上げやボーナス(特別賞与)支給を行っているとの報告が寄せられている。ファストフード大手マクドナルドやネット小売り大手アマゾン・ドット・コムなど、人手不足にあえぐ複数の大企業も賃上げに踏み切った。
全米自営業者連盟(NFIB)が実施した調査によると、人材確保を急ぐ小規模事業主が抱く最大の懸念は、3月も4月も労働力の質だった。同様にリッチモンド地区連銀が実施した5月の製造業調査では、技能不足の問題が極めて顕著になっており、2010年にこの質問を開始して以降、最大となった。
しかし、これは長期的に続くのか? インフレの根拠としては、雇用主の求める技能に労働者層がもはや適合しないこと、また低賃金職の賃上げに伴い、格差を維持するため幹部の間にも賃上げ要求が波及していくことが挙げられる。2つ目の要素は理にかなっているようだが、1つ目は理解しがたい。確かにロックダウンがインターネットの浸透を加速させ、旧世代の労働者の引退を早めた可能性はあるが、経済は本当にそれほど変化しただろうか?
労働者不足の原因としてより可能性が高いのは、コロナ感染への恐怖や失業保険の特例加算によって働くことの魅力が薄れたことや、対面授業の停止により、子どもの面倒を見るために家から出られない親がいるといった一時的な要因が重なったことだろう。ワクチンの接種が進むに連れて感染への恐怖は後退する。9月には失業保険の上乗せも期限切れを迎え、学校の対面授業も再開する。9月になれば、980万人の失業者と810万件の求人がうまく合致するかもしれない。そうなれば、技能不足やそれに伴う賃上げ圧力もおそらく和らぐ。
だが、9月にならないと確かなことは分からない。働かないことを自ら選択したか、子どもの面倒を見るために働けなかった人の一部は、失業保険の加算分が切れ、対面授業が再開されれば、職場復帰することに前向きになるのは確実だ。一方、失業保険の上乗せを前倒しで終了した共和党主導の州で、失業者の職場復帰が進むかどうかが注目点となる。9月には技能不足が解消しているか確認するため、NFIBやリッチモンド地区連銀の調査も要チェックだ。企業が賃上げ分のコストを吸収するか顧客に転嫁するかを知るため、利益率についての発表にも耳をすました方がいい。
消費者はロックダウン解除時に潤沢な現金を抱えており、小売店やバー、娯楽施設などの再開とともに先を争って支出に振り向けている。IHSマークイットが発表した5月の購買担当者指数(PMI)統計では、新規受注が全国的に過去最高に達しており、あらゆるものが活況を呈している。
昨年のように、家計収入がリセッション(景気後退)時に増加するのは異例で、この先の動向を予想する上で慎重を期すべきだ。可能性の1つとしては、家計は一部を貯蓄に回すが、将来に備えて今後も以前より貯蓄することが考えられる。一方で、物価の値上がりで、消費に二の足を踏む動きも出てくるかもしれない。その場合、足元の需要急増は失速し、いずれ消えるだろう。
別の可能性としては、消費者がこれを「狂騒の20年代」の再来だと判断し、貯蓄をすべてはたいて、宴(うたげ)を楽しむこともあり得る。賃上げが、さらなる消費を呼ぶ。これが実体化した場合には、需要は長期にわたり高止まりし、供給や賃金に持続的な圧力がかかるだろう。企業は需要に追いつこうと投資し、好況を迎える下地が整う。そうなれば、生産性が向上するか、労働力が拡大しない限り、インフレは持続的に加速する。
消費者のムードを見極めるため、支出と貯蓄の動向に目を向けるとともに、将来の生産性に関する大まかな目安として、企業の設備投資にも目配りすべきだ。
インフレ期待は自己実現的になる可能性があり、FRBが動向を注視している。ミシガン大の5月の調査によると、この先1年のインフレ期待は4.6%と、中国主導のコモディティー(商品)ブームが起こった2011年以来の高水準を記録した。ただ長期のインフレ期待は3%と、2013年以来の高水準にとどまっており、FRBはそれほど問題視しない公算が大きい。また米債券市場の長期ブレークイーブンインフレ率(BEI)はFRBが目標とする2%の目標近辺にとどまっている。これらはエコノミストの予想とともに、注視する必要がある。インフレ期待がFRBの目標からかい離し始めれば、FRB当局者の警戒が高まるのは確実だ。
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