ダンロップの新作の話題が僕の耳に届いたのは、まだ日本が肌寒い冬のことだ。
各タイヤメーカーが新しいモデルをリリースするのは珍しいことではないが、そのすべてが僕ら業界の中で話題に上がるとは限らない。キャラクターに特徴があり、その性能が際立っていなければ、意外に淡白な我々は存在を流す。そんな冷淡な業界なのに話題に上ったことは、そのタイヤが優れているかもしれないことを意味する。
そのタイヤは、『VEURO VE304』である。
実は数々の広告でその名はすでに耳にしていた。「理想のタイヤかもしれない」という控えめなキャッチフレーズが、不思議に僕の気持ちを惹きつけたのだ。
「・・かもしれない」
キャッチフレーズなのに断言をせず、含みを持たせた文言であったことも、僕が気になった理由のひとつかもしれない。そして「理想の…」には※の注意書きが添えてあった。下段には「※当社比です」とある。注意書きのあるキャッチフレーズは珍しい。かもしれないと断定を避けている。
聞けばそのタイヤは、快適性能や静粛性能が特徴だという。それなのに巷の話題に上がったことが気になった。サーキットのラップタイムを何秒短縮したかとか、超弩級のスーパーマシンに装着されたとか、そういった華やかなキャラクターならば話題を独占しても不思議ではない。だが、キャッチフレーズには注釈があり、「かもしれない」と余韻を持たせている。いわば華やかさから背を向けたタイヤであるにもかかわらず、『VEURO VE304』は僕らの気を惹いたのだ。
街中に響いている様々な雑音をタイヤが吸収しているかのような静粛性能
『VEURO VE304』最大の特徴は、類稀なる静粛性能にあると思えた。愛車に装着し、ガレージから国道に踏み込んだ瞬間のその不思議な感覚に驚いた。本来耳に届いてくるはずのロードノイズが聞こえないのである。
街中に響いている様々な雑音をタイヤが吸収しているかのよう
国道の路面は荒れていた。だからタイヤが回転しながら路面を叩く転舵音や、路面を擦るノイズが耳に響くはずなのにそれがない。「あれ?」助手席の友人と顔を見合わせてしまったほどだ。タイヤがノイズを発生しない。その感覚を超えて街中に響いている様々な雑音をタイヤが吸収してしまっているかのような静かさなのだ。
国道はスムーズな速度で流れていた。だというのに、タイヤから発生する風切り音もしない。タイヤは高速で回転する際に、空気を切り裂く音が発生する。それが耳に響かないのだ。
この『VEURO VE304』は「3D波型グルーブ」という技術を採用しているという。トレッド面の縦溝が滑らかにS字を描いている。タイヤが空気を切り裂く時に発するパターンノイズの音のエネルギーを吸収させているのだという。「新カオスピッチ」も同様に、路面を叩く転舵音の周波数帯を分散させている。タイヤはコロコロと回転しているのではなく、路面を叩きながら走行していることが嘘なのだと思えた。
トレッド面の縦溝が滑らかにS字を描く「3D波型グルーブ」
さらには、タイヤの内側に配された吸音スポンジ「サイレントコア」が仕事をしているという。路面の段差や継ぎ目を乗り越える際に発生する「パカン」という空洞共鳴音を吸収しているのだ。街に溢れる様々なノイズを吸い込んでいるように感じたのはそのせいなのかもしれない。
愛車のレクサスRX450hはハイブリッドモデルである。バッテリー容量に余裕があるから、一般公道での走行はほとんど電気モーターでの走行である。そんな生活を続けていると、静粛性能にはことさら拘るようになってしまった。内燃機関=エンジンというノイズの音源を失う場面があるために、ボディの風切り音や街のさまざまな喧騒、そしてもちろんタイヤを音源とする騒音が耳に触って気になるのである。ハイブリッド、もしくはEVにおける”あるある”である。そんな、騒音を立ち切れない環境にあっても『VEURO VE304』は実に良い仕事をしてくれているように思った。今後のEV化時代に向けての将来性をも感じてしまったほどである。
雑味のない上質な乗り心地とハンドリング
乗り心地も整っていた。ドライバーの脳天を刺激するような突き上げはない。当たりの優しい乗り味である。路面がアスファルトではなく高級な絨毯を敷いたかのように、しっとりとした当たりなのだ。タイヤを分厚いオブラートで包み込み、そうしてゆっくりと一歩ずつ歩を進めるかのような感覚である。雑味がないのだ。
コンフォートタイヤとして必要不可欠なハンドリング性能を有する
それでいて、ハンドリングも整っている。直進性に不満はない。ステアリングを握る手に優しい。そしてハンドルを切れば直進からの微小な舵角にも反応する。その反応が期待を超えず、期待以下でもない。スポーティーフィールとは思えないが、コンフォートタイヤとして必要不可欠な反応なのである。
20,000km走っても最高のウエット性能が続く
タイヤが摩耗してもウエット性能が長続きする性能持続技術を搭載
さらには、ウエット性能も整っているという。しかも、その性能が持続するというから驚きだ。一般的には走行距離が20,000kmを超えたあたりからトレッド面の溝が浅くなり始める。それが排水性を悪化させる。だが『VEURO VE304』に刻まれた「3D波型グルーブ」は特殊な溝の掘りかたをすることで摩耗後でも排水性が悪化しないというのだ。
そもそもウエット性能優れたコンパウンドを採用しているという。その性能が持続するというのだから頼もしい。残念ながら摩耗後のウエット性能を確認することはできなかったが。それが事実だとすると大いに歓迎したい。
キャラクターを曖昧にさせてでも数多くの性能を突き詰めた『VEURO VE304』
ダンロップ VEURO VE304
それにしても『VEURO VE304』は控えめなタイヤだと思う。それぞれの性能は研ぎ澄まされているというのに、その性能レベルは劇的ではない。ユーザーがスペック数値で自覚できるものだけではなく、感覚的依存度を高めている。それが冒頭で紹介したキャッチフレーズに現れているのだ。
さらに言えば、静粛性能や操縦安定性能、ウエット性能やその持続性など、数多くの性能を突き詰めたことでかえってキャラクターが曖昧になる。それを覚悟で手持ちの技術をマシマシで盛り込んだところが、また真摯で不器用なダンロップらしいのである。
それでも、一度履いてしまうと『VEURO VE304』から逃れられないであろう味わいがある。仮に別のタイヤに履き替えたら、「うるさいタイヤだなぁ」と耳を塞ぎたくなるのだろうか…。
木下隆之|モータージャーナリスト
出版社編集部勤務を経てプロレーシングドライバーとしての活動を開始。全日本ツーリングカー選手権、全日本F3選手権、スーパーGT500/GT300などで優勝多数。一方で、数々の雑誌に寄稿。多くの連載コラムを持つさらにはドライビングディレクターとしてCM製作を手掛けつつ、イベントのプロデュースやディレクションをこなす。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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