世界に「分散型」の利をもらたしたブロックチェーンと、汎用型ブロックチェーンとしてその力を通貨を超えたあらゆるものに与えた「Ethereum(イーサリアム)」。クーガー最高経営責任者(CEO)の石井敦とイーサリアム財団エグゼクティブディレクターの宮口あやが、この技術をあらゆる面からひも解くべく対談した。中編である本稿では、ふたりがブロックチェーンにおける「持続性」を語った。
PHOTOGRAPHS BY SHINTARO YOSHIMATSU
TEXT BY ASUKA KAWANABE
※前編から続く
コンピューターとイーサリアムの共通点
石井:これまで数々のブロックチェーンが世に登場してきましたが、汎用目的のイーサリアムは、いまやインフラのような状態になりつつあると思います。宮口さんはイーサリアム全体について、どう思われていますか?
宮口:先ほど石井さんが「ブロックチェーンのキラーアプリはビットコインだった」とおっしゃっていましたが、ビットコインがなければイーサリアムも生まれなかったと思います。
ビットコインが生んだのは、AさんからBさんへのお金の移動を可能にするブロックチェーンでした。一方で、コンピューターのように何でも使える汎用型ブロックチェーンがあってもいいはずで。それを可能にしたのが、イーサリアムの「スマートコントラクト」です。これによって、さまざまなものをアプリとして分散化できるようになりました。
つくっている人からすると、イーサリアムはほかのブロックチェーンとの差別化を図ったものではなく、何がいちばん必要で、どうすればきちっと分散型が維持できるかを追求したものなんです。世の中の仕組みやセキュリティの問題点を解決するために必要なソリューションを、どんどん改善していった。その結果、自然に用途も増えたんですよね。
石井:汎用型というところが重要ですよね。チューリングがコンピューターをつくったときも、目的を聞かれて「汎用計算機だ」といったことを答えるわけですが、やはり聞いたほうはわからない。「汎用」って、一般にはわかりにくいんですよね。でも実際には、気象情報や為替、クルマや家電といったあらゆるハードウェアなど、計算しないと動かないものはたくさんあります。
汎用性を目指しているという点で、イーサリアムとコンピューターは同じだと思っているんです。それが、イーサリアムをいまの立場に押し上げた理由なんだろうなと思います。
宮口:そうですね。イーサリアムのヴィジョンを、ひと言で「みんなが参加する誰でも使えるネットワーク」なんて言うと、なんか格好つけてるみたいにも聞こえるんですが、きちんとそこを意識しないと使う意味がなくなってしまうんですよね。
石井:汎用って「理想論」のようにとられがちなんですよね。人工知能(AI)もそうです。汎用人工知能の話をすると、「汎用ってどういうこと?」と聞かれる。人間のように理解がいろいろできるAIだと答えると、「え、いろいろってどういうこと?」と。そこでドラえもんの例を出すと、今度は「なんか夢みたいなこと言ってるよね」みたいなツッコミが来る。
宮口:でもそれって、格好つけようとか、儲けようとかって話ではないんですよね。大きなピクチャーを見ていないと、できないものがたくさん出てくるわけで。
石井:そうなんですよね。
「選べる」時代のオープンソース
宮口:イーサリアムのもうひとつ重要な点は、オープンソースのコミュニティが拡大したことだと思っています。
石井:オープンソースプロジェクトのスケジュールって、すごいですよね。OSで世界最大のシェアを誇るLinuxもオープンソースですが、本当にヴォランティアによって決められたスケジュールで開発されていく。当然スケジュール通りにいくわけもなく、わからないことも多いわけですが、そのなかで全員が妥協せずに何とか継続させている仕組みが、本当にすごいなと。
宮口:イーサリアムの運営も、イーサリアム財団がすべて引っ張っているわけではないんですよ。本当は「あなたはこれやって」と割り当てたほうが楽なんですが、オープンソースのよさを壊さないようにしなくてはならないので。
ただ、コーディネーションする役割は必要です。研究の重複や不足をコーディネートする役割ですね。あるいは、研究開発で重要な役割を果たしている優秀な研究者が食べていけるよう、助成金を出してサポートしたり。イーサリアムのオープンソースコミュニティがこれだけ大きくなったいま、基本的に財団は「支えること、調整すること」に役割をシフトするようにしています。
ただ、オープンソースプロジェクトを続けていくのは本当に難しくて。
石井:そうですよね。
宮口:Linux Foundationのエグゼクティヴディレクターとも話したことがあるのですが、Linuxとイーサリアムでは、コミュニティのあり方も少し違うような気がしました。もちろん時代やコミュニティの規模も違いますが、開発している技術の違いも反映されているように感じます。Linux Foundationはカチっとした組織なのですが、イーサリアム財団は分散型の技術を扱っているいるので、いかに財団がコントロールしないかを非常に強く意識しているんです。
石井:Linuxを生んだリーナス・トーバルズは「優しい独裁者」なんて呼ばれることもありますよね。
ただ、いまは人が命令されて働く時代ではなくなりつつあります。皆が自分の所属する組織や時間の使い方を選べるようになったいま、やはりリスペクトを集められる人やコミュニティは強い。
宮口:本当にそうですよね。個人でハッカーにもなれるし、ビジネスもできる時代です。優秀な研究者も、もうお金では動かないんですよね。理念とか、メンバーとか、チャレンジの面白さといったところで動く。だからこそ、イーサリアムのコミュニティはこんなにも自然に、宣伝もしないのに広がったのでしょう。
中央集権的にならないよう気をつける一方で、自分たちのヴィジョンを伝えることは大切にしています。そのためには、どういう組織と組んでいくのか、どういう人がリスペクトの対象なのかを見せなくてはなりません。
イーサリアムの開発者向けカンファレンス「Devcon」のスピーカーにも、それを反映しました。2018年にプラハで開催されたDevconには、「インターネット先駆時代のヒーローたち」を呼んだんです。というのも、その人たちにはわれわれと同じようなヴィジョンがあったのではないかと思ったので。
石井:インターネット先駆時代のヒーローたち。
宮口:そう。そのひとりが『WHOLE EARTH CATALOG』をつくったスチュアート・ブランドでした。スチュアートは1996年に「Long Now Foundation」というファウンデーションを創設しています。名前からもわかるように、非常に長期的な視点をもった団体で、「ロングタイム・インスティテューション」(長く続く組織や仕組み)の研究の一環として「1万年時計」などのプロジェクトを手がけています。
石井:いいですね。
宮口:1万年なんていう時間、わたしたちは生きていられませんよね。そんな非常に長期間にわたる継続を彼らは考えているんです。スチュアートと会ったとき、彼はイーサリアムのヴィジョンにものすごく興味をもってくれて。一緒にプロジェクトをしようとも言ってくれました。
これはイーサリアムのプラットフォームには直接関係ないようにも見えるのですが、わたしたちのヴィジョンや方向性を示す活動の一貫なんです。
「自然のような持続性」がもたらすもの
石井:ブロックチェーンはデジタル空間に海のような持続性をつくっているのだと感じます。海は、空気と同じように、人類共有のものとして活用されていますよね。そして自浄作用もあり、長く持続する。そういうものをデジタルでつくれる可能性があるという点が、ブロックチェーンの大きな特徴でしょう。
この自然のような持続性は、特に途上国で大きな意味をもつと思っています。先進国ではいろいろなインフラが完成していますが、途上国にはどうやって信頼をつくればいいかわからない状態の国もあるので。
宮口:わたしもそれがパッションで、ブロックチェーンに興味をもちました。ただ、いわゆる「途上国には問題がたくさんあるから助けてあげましょう」というようなマインドではなく、パブリックにブロックチェーンを試せる場所が先進国にはあまりないからなんですよね。先進国には、規制の問題だとか、ほかに便利なものがあることで必要性が見えにくいといった壁があるので。
一方で途上国はブルーオーシャンだし、状況をよくするためなら何でもいいから実験したいという気持ちが強いんです。
石井:そうですよね。マイナス面もないし。
宮口:例えば、インドネシアでは戸籍に登録されていない子どもが多いそうです。そこには技術的な問題もあるし、メンタリティの問題もあるし、コストの問題もある。その問題のほとんどが、ブロックチェーンで解決できるんです。コストもほとんどかからず、技術も比較的簡単に導入できるし、アプリも携帯電話があれば使えるので。
2019年末に、ユニセフ(国連児童基金)が「ユニセフ仮想通貨ファンド(UNICEF Cryptocurrency Fund)」という基金をつくったのですが、イーサリアム財団がその最初の寄付者になっています。ヴィジョンが似ているというのが、一緒に始めた理由です。
しかも、UNICEFが始めたクリプトファンドは寄付を暗号通貨で受け取り、投資先のスタートアップにも暗号通貨のままで渡すんです。ここで現金に換金しないことによって、真のトークンエコノミーにつなげることもゴールにしているんです。それがやがて、ブロックチェーンを使った戸籍の問題の解決などにつながっていくと期待しています。
石井:途上国におけるIDとトレーサビリティーの問題は大きいですよね。ID付与とトレーサビリティーが実現すると、結構な問題が解決すると思います。IDをもっている人が何をしているとか、モノがどこからどこに行ったとか、お金はどう流れたとかですね。先進国であれば、これが既存の別のシステムで実現されているわけですが。
宮口:小規模ですが、災害の多いバヌアツでいま実験的に進めているプロジェクトがあります。
震災があると、大きな機関などに寄付が集まりますよね。ただ、寄付した側には、寄付金がどこを通って何に使われているのかが見えません。いま進めているのは、イーサリアムを使ってそれを見えるようにしようというプロジェクトです。
また、普通は物資の支援も大手サプライヤーを通じて提供されますが、この仕組みでは被害を受けた地域の商店を通して物資を送れる。さらにコミュニティ側も、災害後に人がどういうモノをどれだけ必要としているかを、お金の流れを追うことでモニターできるようになります。
ただ、そうしたトレーサビリティの仕組みも、先進国のように既存のインフラがある場所だと、また面倒くさいことになるじゃないですか。
石井:そうですね。既存のインフラをつくっている人が、それで利益を得ているので。
宮口:既存のインフラがないところでは、そういうものがどんどん先へと進んでいくので。その例を見せてもらうのが、やっぱり途上国なんですよね。
IDも同じです。IDって、すべてのアプリケーションのべースですよね。例えば、戦争が起きている地域の住民や難民などは、自分のIDがない状態で生活しているわけじゃないですか。そういう人たちからすると、IDの重要性がすぐわかる。
持続のための仕組みづくり
宮口:わたしがこういう話をすると、チャリティを目指している人みたいに思われるのですが、そうではなくて。ビジネスを学んだとき「長い目でビジネスを成功させるには、社会と環境、経済の3つのサステナビリティを考えなければならない」という話を聞いたのが腑に落ちて。逆に、ただのチャリティ精神であるノンプロフィットのやり方だと無理が出てきたり、なかなか続かないんですよね。
石井:ボランティアやチャリティ精神で続ける活動は素晴らしいのですが、持続する仕組み自体がないので続きにくいというのはありますね。そんななかで、ブロックチェーンがその仕組みをつくる手段を内包しているというのはポイントだと思います。
例えば、ブロックチェーンベースでIDを割り振るシステムをつくったとしたら、そのあと仮に開発したチームがいなくなったとしてもシステムは生き続けますよね。ほかのシステムならば、おそらく特定の管理者を置かないと難しかったりすると思うんです。
宮口:オープンソースも、先ほどのLong Now Foundationの話で出てきたロングタイム・インスティテューションのひとつだと思っています。「誰かがやってくれる」「イーサリアム財団がやってくれてる」ではなく「自分のもの」という意識が強くなるので、みんな本気で見るんですよね。
石井:自分ごととして。
宮口:そうです。イーサリアムも、もしひとりの人間やひとつの団体がすべてコントロールしていたならば、そこが死んだら終わってしまう。でも、オープンソースはそれを継承する仕組みのひとつだと思っていて。
わたしたちがいなくなった未来にいかに仕組みが残せるかを考えるからこそ、自分ごととして常にみんなに参加してもらう。だから、ある意味で長く生き残る可能性はありますね。〈後編へ続く=4月6日公開予定〉
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April 05, 2020 at 03:00PM
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